太陽光発電懇話会と「42円」

(カテゴリ: 過去の中から)

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懇話会のことを知っている人は、結構古くから太陽電池をやっている人でしょう。文字通り太陽光発電に関与している会社などが集まった組織で、現在は太陽光発電協会(略称JPEA)という名前に代わっています。中心になっているのは太陽電池メーカーと見て良いでしょう。今ではFITの認定申請代行をしているので、そちらで有名かもしれません。

 

懇話会なんて、まるで談合組織のような名前ですが、懇話会の時は法人ではなく任意団体でした。そのため、あまり正式な名前を付けることができなかったのでと思います。設立は80年代になりますが、せっかく当時の太陽光発電に携わっている会社で組織を作ることになったのに、組織を法人化した場合にどのように責任体制を作るかがまとまらずに、任意団体にとどまってしまったようです。

 

構成している会社は著名な上場会社ばかりなのですが、その頃に太陽電池をやっている部門は社内であまり強い立場ではなかったのか、責任をもって業界をリードするバックアップを会社から得ることができず、そのようになったのではないかと推察しています。

 

懇話会の時代の大きな行事は、年に1度行われる「太陽光発電シンポジウム」ぐらいでした。それでも懇話会には存在価値がありました。

 

当時は太陽光発電のマーケットなんてほとんど無く、太陽光発電をやっている人達はNEDOの行ういろいろな研究開発や実証プロジェクトで食いつないでいるようなところがありました。このため、談合ということではなく、各会社がやりたいことを調整して通産省やNEDOの作る開発計画(ロードマップ)、各プロジェクトに反映していくのに懇話会は一役買っていました。任意団体の懇話会からは、通産省やNEDOは有難い大切なお上だったと思います。

 

その後、90年代に入って住宅用太陽光発電の導入でマーケットができてくると、太陽光発電をやっている人達の立場も強くなり、また関連する会社も増えてきて、正式に(社団法人)太陽光発電協会となったようです。

 

そしてドイツのFITで太陽光発電の市場が一気に膨らんできます。更に、日本でもFITを導入することになり、ここで力をつけて来たJPEAが登場してきました。

 

経産省はFITの価格を決める時に民間知識人のからのヒアリングを行っていました。孫正義のヒアリングをしたのは有名なところですが、JPEAからのヒアリングも行っていました。私の記憶では、その時にJPEAから具体的に「42円」が提案されたと思います。JPEAが初めて提案したのかどうか自信はありませんが、JPEAが「42円」を提案したことは確かだと思います。ただ、私は「42円」というとてつもなく高い買い取り価格に驚いてしまいました。

 

既に欧州でFITバブルの経験があったので、当時の太陽光発電の専門家の間でもFITの価格を決めるのには慎重にあるべきという意見が強かったと思いますが、JPEAは強引に「42円」を提案してきました。力をつけて来たとはいえ、JPEAはまだ独自に自分の意見を言えるほどの力を持っていなかったと私は見ています。従ってJPEAがここまでの発言をしたのは驚きでした。

 

ここからは少し勘ぐる話になりますが・・・、

 

「42円」というのは誰かの影響を受け、根回しして提案したのではないかと思います。JPEAには懇話会の時からそういう根回しを重視する体質ができていました。いろいろ調整してお上に頭を下げるということをずっとやってきていましたから。では誰を意識したのか・・・、太陽電池の会社か、孫さんか、あるいは経産省か、まぁ、ちょっと想像が過ぎてしまいましたか。

 

FITは3年で利益誘導は終了する予定で行われ、予定通り来年度からはもう大きな利益を生むのは難しくなります。予定通りとは言え、やはりハードランディングだったのではという気がします。JPEAがもう少し違った提案をしていたらどうだったでしょうか。太陽光発電の専門家の集団ともいえるJPEAがもう少し丁寧に情報提供していたら、ハードランディングは避けられたのではないかというのが私の感想です。

 

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