人間は生きるため、
そして自分を守るために、
本能的な防御反応を持っています。
悪いことや過ちを犯した際、
その事実を心の中で「無かったこと」にしようとする
心理的な働きも、その一つです。
人はそうした能力を備えることで、
将来起こり得る心の傷から
自分自身を守ろうとしているのかもしれません。
一方で、社会のルールには、
自ら過ちを申し出た場合、
情状酌量が認められることがあります。
つまり
「よく言ってくれた。今回は見逃そう」
という判断です。
しかし、この「今回」という言葉の裏には、
「次は分からない」という意味が含まれています。
同じことを繰り返せば、
それ相応の罰を受けることになる。
言い換えれば、それは
執行猶予期間のようなものとも言えるでしょう。
もちろん、人の記憶の中には
深い傷として残ることになります。
この話だけを聞くと、
刑事事件のように聞こえるかもしれません。
しかし実際には、
会社勤めをしている人であれば、
作業ミスによって会社に損害を与えることもあります。
そのミスも、本質的には同じです。
二回目、三回目のミスを
自分から進んで言える人は、
決して多くはありません。
だからこそ会社は、
ミスを発生させない仕組みづくりや
人材育成が重要になります。
入社してくる従業員には、
それぞれに個性と能力の違いがあります。
質が違えば、
教える内容も方法も千差万別です。
どれだけ仕組みで括ろうとしても、
そこには限界があります。
人には、一度もミスをしない人もいるでしょう。
反対に、何度もミスを繰り返す人もいます。
ミスの内容も、
小さなものから大きなものまで様々です。
また、偶然と偶然が重なり、
ミスが起きてしまうこともあります。
ここまでは、個人に焦点を当ててきました。
しかし、もう少し大きな視点で見ると、
会社そのものがミスリードする場合もあります。
架空計上、架空取引、架空売上、粉飾決算。
こうした行為は、
社会や国家の資産を奪う行為であり、
大きな代償を伴います。
また、行政手続きにおける
虚偽記載や虚偽報告も同様です。
人も会社も、
本質は同じなのかもしれません。
さらに視野を広げると、
国家レベルでも同じことが起きます。
ある国が、別の国に対して
一方的なルールを押し付け、
強引に資源や利益を奪う。
規模は違えど、
いずれも人が引き起こしている問題です。
もし人間から、
自分を守るための防御反応がなくなったとき、
人はすべての過ちと
正面から向き合うことになるでしょう。
そのとき初めて、
この世界は本当の意味での幸せに
近づくのかもしれません。
人は自分を守るために嘘をつく。
しかし、世界を良くするのは、
その嘘と向き合う勇気なのかもしれない。
では、その勇気は、どのように作ればよいのでしょうか?
でわでわ。ほなさいなら
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