太陽光発電 / 不動産 / 地方の現実
「もう少し早ければ」と呟く土地たち
決断を先送りにした先に待っていたもの——太陽光バブルの終焉と、取り残された土地の話。
太陽光発電 土地活用 空き家問題
久しぶりに土地仲介サイトを眺めていると、なんとも言えない気持ちになる物件が目に入る。立地条件を見ればわかる。「ああ、これ、数年前だったら太陽光用地として普通に売れていたやつだ」と。
今となっては、よほど条件が揃っていなければ買い手はつかない。二束三文でもいいから引き取ってもらえれば御の字——そんな状況に追い込まれた土地が、じわじわと増えている。
規制が厳しくなり、説明会やら手続きやら。人件費も資材も値上がりが続く中、伐採や大掛かりな造成が必要な土地など、採算が合わなければ最初から除外される。
潮目が変わったのはいつだったか
固定価格買取制度(FIT)が始まった頃、「土地さえあれば」という空気があった。実際、日当たりのいい平地や農地転用できる田んぼは、良い値段で次々と買われていった。あの時期に決断した地主は、結果的に正解だった。
問題は、その波が来ていることに気づきながら「もう少し様子を見よう」「もっと高く売れるかもしれない」と先送りにし続けた土地だ。制度改正のたびに買取価格は下がり、施工コストは上がり、許認可のハードルは高くなっていった。気づいたときには、潮は完全に引いていた。
隣地が自然に還るということ
我が家の近所にも、放置された空き家が増えてきた。家が傷むだけならまだいい。問題は、その周辺の土地も一緒に放棄されていくことだ。草木が伸び放題になり、虫が湧き、やがて野生動物や害獣の住処になる。
正直なところ、あの廃墟に太陽光パネルが並んでいた方が、近隣住民としてはよほど助かる。景観の好みはひとそれぞれとしても、管理されたソーラーパネルと、ヤブに還った廃地と、どちらが生活環境として好ましいか。
除草、害獣対策、倒木リスク。放置された土地のコストは、見えない形で周囲に転嫁されている。
決断できなかった理由はわかる、でも
地主の方々を責めるつもりは毛頭ない。先祖代々の土地を手放すのは、感情的にも容易ではない。ましてや「太陽光なんて景観を壊す」という世論もあった時期だ。迷うのは当然だった。
ただ、市場というのは非情で、「もう少し早ければ」は永遠に過去にしかない。今後は太陽光に限らず、物流倉庫、データセンター用地、再生可能エネルギーの蓄電施設——次の波が来たとき、同じ後悔を繰り返さないようにするしかない。
土地は待っていてくれるが、チャンスは待ってくれない。仲介サイトに並ぶ「残念な土地」を眺めながら、そんなことを考えた昼下がりだった。
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