思い出話 太陽光発電との出会い3
ダラダラと書いている思い出話です。
前回はこちら
大都会東京で暮らすことになった
2008年の冬、入社の条件として
田舎の関連会社に送ってくれという
約束(あくまで口約束)を
付けてもらってある会社に入社しました。
入社前に何となく東京で
ずっとやっていける気はしておらず、
入社前の若者はこんな条件を
これから入社する会社に
お願いをしておりました。
今思うと強気というか
無謀というか、ですね。
そして入社してからの上司面談でも
毎回毎回、田舎へやってくれ
という始末。
一応、工場の近くで、
現場サイドで働きたいという
名目を付けてはおりました。
私は技術者ですアピールでした。
まあ、大きな工場は田舎にありますので。
そんなところです。
そして入社から間もなくして
宮崎行きが決定しました。
それから4年の歳月が立ち、
初の太陽光発電所を建てることになって
しまいました。
続くと良いな。
sun33様
コメントありがとうございます。
そこまでいくと、どうかな?って思うかもしれません。
自分のビジネスができるのか?と考えてしまうと思います。
私は、希望もしないのに日本最南西端の「与那国島」も管轄する八重山事務所にに赴任しました。
ここ以上の田舎はありまん。