「あいつらだけズルい」と素直に言える子は偉い

(カテゴリ: お得 ニュース)

ネット上で絶えず炎上を繰り返す「EV(電気自動車)シフト」の話題。メディアが語る理想と、ユーザーが突きつける現実の不一致について、少し切り込んだ視点で考えてみたいと思います。

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性能の良し悪しは「個人の自由」

そもそも、今は「初代リーフ」が登場した当時のような、EVが海のものとも山のものとも分からない時代ではありません。

航続距離、充電時間、冬場の性能低下。これらEVの特性(あるいは弱点)は、すでに多くの「人柱」となった先人たちによって周知されています。そのうえで「自分のライフスタイルに合う」と思えば買えばいいし、「使い物にならない」と思えば買わなければいい。

結局のところ、性能や利便性をどう評価するかは、個人の価値観や住環境の問題に過ぎないはずです。

論争の正体は「あいつらだけズルい」という感情?

では、なぜこれほどまでに反対派が「牙を剥く」のでしょうか。理屈をこね回すよりも、もっとシンプルで根源的な感情が隠れている気がします。

それは、「補助金」という不公平感です。

「補助金を投入しなければ売れないような車を無理に売るな」という意見は、市場原理として極めて全うです。突き詰めれば、「特定の選択をした人(EV購入者)にだけ血税が流れるのはズルい」という不満に集約されるのではないでしょうか。

あーだこーだと技術論を語るよりも、「自分たちの税金が不公平に使われるのが妬ましい」と本音をぶつけ合う方が、よほど健全で支持を得られる議論になるのかもしれません。

「蓄電池」という国家戦略と全固体電池の沈黙

もちろん、国が多額の資金を投じるのには別の狙いもあります。単なるエコではなく、エネルギー安全保障の観点から「蓄電池の技術革新」を国家的に目指す、産業政策としての側面です。そのための「投資」としての補助金であれば、一定の理解はできます。

しかし、その希望の星であった「全固体電池」の話題を、最近はあまり耳にしなくなりました。

かつては「EVのゲームチェンジャー」ともてはやされ、充電時間の劇的な短縮や安全性の向上が約束されていましたが、実用化の壁は想像以上に高いようです。やはり「魔法の技術」は無理だったのか、それともまだ潜伏期間なのか。

このまま「理想の電池」が現れなければ、補助金による無理な普及策のツケが、さらに大きな不協和音として響くことになるでしょう。

個人的にはEVよりトヨタの水素自動車関連の補助金の方がやばいと思うんですが、トヨタ叩きってほとんど見かけないですよね。

 

出典

元記事タイトル: 「メディアは理想ばかり」「ぶっちゃけ使い物にならない」――なぜネットの自動車ファンは「EVシフト」に牙を剥くのか? 電動化論争が全然かみ合わない根本  Merkmal(メルクマール)

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