太陽光発電の賠償責任保険は「無駄」なのか?パネル飛散とメンテナンスのジレンマ
太陽光の賠償責任保険は「無駄」なのか?
——パネル飛散とメンテナンスの不都合な真実
「ちゃんとメンテしていたなら、不可抗力で保険は下りない」——この矛盾に、一事業主として正直に向き合います。
先日、前回の保険記事にこんなコメントをいただきました。読んだ瞬間、「あ、これは本質を突いてる」と思いました。
「賠償責任保険」が下りる条件、実は相当ハードルが高い
施設賠償責任保険というのは、ざっくり言うと「自分の設備の管理に不備があって、他人を傷つけたり財物を壊したりした場合の賠償責任をカバーする保険」です。キーワードは「管理に不備があって」という部分です。
これを表にすると、こうなります。
| 状況 | メンテナンスの状態 | 保険金 | 理由 |
|---|---|---|---|
| パネルが飛んで隣家を直撃 | ボルトの緩みを放置していた | 下りる可能性大 | 管理上の過失(瑕疵)が認められるため |
| パネルが飛んで隣家を直撃 | 万全の状態・不可抗力の台風 | 下りない可能性大 | 法律上の賠償責任がそもそも発生しないため |
コメントをくれた方が聞いた話、そのままです。きちんとメンテしていて、それでも想定外の強風でパネルが飛んだなら、法律上の賠償責任は発生しない——だから保険も機能しない、というロジックです。
つまりこういうことです。保険が下りるのは「自分に落ち度があった時」。落ち度がなければ賠償責任も保険金も発生しない。真面目にやっている人ほど、保険の恩恵を受けにくいという、なんとも皮肉な構造になっています。
「不可抗力」はそう簡単には認められない——2019年ゴルフ練習場事故の教訓
ここで一つ、頭に入れておいてほしい事例があります。2019年、台風15号が千葉を直撃した際に起きた、市原市のゴルフ練習場の鉄柱倒壊事故です。
猛烈な風でネットを支える鉄柱が隣接する民家に倒れ込み、住宅が損壊する甚大な被害が出ました。経営側は当初、修繕費をすべて補償するという回答をしていた記憶があります。
(これは想像になりますが、この期間の間に、事業者は賠償保険には加入し安心していた。しかし被害総額は賠償保険の上限を遥かに超えそうだ。自然災害の場合は、事業者の維持管理に責任が無ければ、補償する必要は無い。ならば)
数日後に、自然災害なので鉄柱の撤去以外の補償はしない、という真逆の話が行われた。
(この流れを受けて、市が介入し、現地調査の結果次第では、オーナー側の設備管理責任が問われる、という流れになったのだと思われる。)
この事例から、私が読み取ったことが二つあります。
一つ目は、「想定外の強風だった」を証明するのは極めて難しいということです。裁判所も世間も、よほどのことがない限り「天災だから仕方ない」とは認めてくれません。「もっと補強できたはず」「定期点検していれば防げたはず」という追及の方が、現実としては強い。
二つ目は、「管理不備が認められて保険が下りた」としても、その時には事業が終わっているかもしれないということです。「危険な設備を放置していた事業者」というレッテルは、一度貼られたら剥がせません。近隣住民との信頼関係は崩壊し、発電事業を続けることは現実的に難しくなるでしょう。保険金が下りても、笑えない結末です。
つまり、「メンテナンス不備で保険が下りる状態」は、事業者として最も恥ずかしい負け方でもあるわけです。
「下りないかもしれない保険」に、それでも年間数千円を払う理由
ここまで読んで、「やっぱり賠償保険って無駄なんじゃ……」と思いましたか?気持ちはわかります。でも私の結論は、「それでも入り続ける」です。ただし、理由は「補償のため」じゃないんですよね。
理由の一つ目は、「無保険で事業をしていた人」と見られることの社会的リスクです。
万が一パネルが隣家に直撃して、調査の結果「法的責任なし・不可抗力」と判定されたとします。でも、被害を受けた隣人からすれば、そんな法律論は関係ない。その時に「保険には入っていません」と言うのと、「万全の準備として保険に加入しており、保険会社も含めて調査した結果、今回は不可抗力と判断されました」と言うのでは、相手への誠意の見え方がまったく違います。
これは保険金の話ではなくて、「自分が誠実に事業をやってきた人間だ」ということを示すための手段の話です。保険証券は、ある意味で「私はこの設備に責任を持って向き合ってきた」という証明書の役割を果たします。
理由の二つ目は、「保険会社が支払い対象外と判断した」という事実が、逆に自分を守る盾になるからです。
保険会社が「今回は不可抗力、支払い対象外」と判断するということは、第三者機関が調査した上で「この事業者に管理上の過失はなかった」と認定したことと同義です。「責任がないから払わない」のではなく、「やるべきことはすべてやっていた」という証拠を、専門機関が作ってくれるということでもあります。
保険が下りなかった、という結果が
「あなたはきちんとやっていた」という証明になる。
——この逆転の発想が、私が更新し続ける理由です。
メンテナンスは義務、賠償保険は「誠意の証」として持つもの
整理すると、こういうことです。
メンテナンス——これは事故を起こさないための、事業者として当然の義務です。ボルトの緩みを放置して「いざとなれば保険がある」という発想は、本末転倒どころか、いつか本当に事故を起こします。
賠償責任保険——これは補償のためではなく、「万が一の時、自分の責任の有無を第三者に判断してもらうための仕組み」として持つものです。保険金が下りるかどうかより、「保険に入った上で誠実に事業をしていた」という事実が、近隣住民との関係を守ります。
年間数千円というコストは、純粋な補償として見れば割高に感じるかもしれない。でも「何かあった時に、真摯に向き合ってきた人間として立てるかどうか」の保険だと思えば、私には安く感じます。
完璧なメンテナンスをしていれば、保険は下りないかもしれない。でもそれでいいんです。下りないということは、自分には落ち度がなかったということなんだから。
「保険が下りなかった」が、最大の免罪符になる。
そういう逆転した使い方を、私はしています。
維持管理を徹底し、それでも起きた「もしも」の時——
保険証券は、誠実にやってきた証として机の上に置いておくものだと、今は思っています。
「入る意味がないのでは?」というコメントへの、私なりの答えはこうです——実際に支払われる可能性が極めて低い補償のためにお金を払うのは、確かに迷う。でも「自分が誠実な事業者だった」と証明するためのお守りとして入るなら、年間数千円は必要経費と割り切ります。
割り切れないのは本体の免責なので、ここはもうちょっと進んだらまとめて書きます。
- « 前の記事へ








